<贈呈理由>
高岡正明さん(故人)は、第二次世界大戦中、青年学校の教師をしていた。次々に教え子が戦地に赴いていくことになるが、「必ず戦争には勝って、この桜の木の下に帰ってこいよ」と言って、多数の教え子を送り出した。しかしながら、彼らの多くは戦死し、高岡さんは、彼らのことを悔やみつづけ、彼らを供養・追悼するために、平和のシンボルとしての桜の植樹に精魂を傾けた。
品種改良に明け暮れ、寒暖に強い品種『陽光』の開発に成功し、日本各地はもちろんのこと、海外からも要請があればいつでも無料で植樹してきた。本業よりも桜ばかりに取り組む姿に、家族は、「家族や従業員のことも考えてほしい。桜では飯は食えない」と折に触れ責めていた。ある時、家族からの抗議を受けた正明さんは、「戦争で死んでいった教え子のことを思うと、これをして懺悔しつづけるより方法がない、どうか続けさせてくれ」と泣きながら訴えた。それまで父に対して批判的であった照海さんも、父・正明さんの気持ちが心に沁み、その志を受け継いで、4トントラックに苗木を積み込み、全国どこへでも自ら運転して、これまでに5万本の植樹を続けている。『陽光』は、品種改良の末、零下40度のウクライナでも花をつけ、これまでバチカン市国、アメリカ、韓国、中国、リトアニアなどへ「平和の祈り」の象徴として贈られている。
親子の絆の崩壊、家庭教育の荒廃が叫ばれる昨今、人間としての痛み・共感・使命を、生き様を通して子に伝えた高岡正明さんの魂の教育、そして葛藤の末、そのバトンを受けとめ、走り続ける照海さんの親を思う情と平和を希求する意志は、日本人が失いかけている父性の尊厳を思い起こさせるものとしても意義深い。現代の人の心に、花を咲かせ続ける高岡さん親子の活動は、『まちかどのフィランソロピスト』としてふさわしく、賞を贈呈するものである。