巻頭インタビュー

Date of Issue:2022.8.1
巻頭インタビュー/2022年8月号
平井伸治さん
ひらい・しんじ
 
1961年東京・神田生まれ。東京大学法学部卒業。自治省(現総務省)に入省。兵庫県や福井県で地方自治に携わり、カリフォルニア大学バークレー校政府制度研究所客員研究員として渡米。帰国後鳥取県庁へ出向し、総務部長を経て2001年副知事、自治体国際化協会ニューヨーク事務所長を歴任し、2007年知事に初当選。現在4期目。鳥取県政改革を推進する一方、2021年から全国知事会会長も務める。
小さくても気概をもって 住民とともに「幸せ」をつくる
鳥取県知事/全国知事会会長
平井 伸治 さん
「星取県」「蟹取県」「まんが王国」「手話の聖地」―多彩な顔を持つ鳥取県は、人口約54万人と全国で最も小さな県です。しかし、新型コロナ感染症対策では機動力を生かした取り組みが功を奏し、感染者は全国最少。「鳥取方式」として全国の注目を集めました。先頭に立つのは知事の平井伸治さん。「小さい」をポジティブにとらえ、「ない」からこそ「価値がある」と次々とアイデアを繰り出しています。「地方自治は民主主義の学校」とも呼ばれますが、鳥取の魅力をパワーに変える発想力について聞きました。
一人ひとりがコミュニティを守る意識を持つ
― フィランソロピーは民主主義の原点と言われています。日本は行政がしっかりしていて、国民も行政に頼っていましたが、次第に難しくなっています。ただ行政依存の体質はなかなか変わらないという思いもありますが、そうした中で、鳥取県は、県民のシビックプライドを創り出しておられるように見受けられます。知事は、祭りが民主主義の学校であり、そこにご自身の原点もあるとおっしゃっていますね。東京の神田で育たれたとか。
平井 神田明神近くの下町で育ちました。二年に一度の神田祭が近づくと「神田っ子」は一つになる。小さなコミュニティでも連携すれば大きな力を発揮することを、祭りを通して体感しました。みんなでやる、これが地域力で しょう。
― 鳥取県は平井知事の下でさまざまな活動を展開しておられますが、「鳥取力」を「日本力」につなげるにはどのような発想が必要でしょうか。
平井 鳥取は小さな県ですが、だからこそできることがあると思って取り組んでいます。財力や経済力が乏しいですから、東京や大阪といった大都市と競争しても張り合えません。しかし、大都市では想像がつかないような「顔の見えるネットワーク」があります。同じコミュニティの中に多様な人びとがいて、お互いに顔を知っている。このネットワークを生かすことができれば、大都市ほど力はなくても、小さくても幸せをつかむことができるのではないか。これが民主主義の原点だと思います。
― 目的は「幸せ」ですね。今は手段が目的化しているところがあります。
平井 関東大震災からの復興をけん引した後藤新平は、「金を残すのは下、仕事を残すのは中、人を残すのが上」という名言を残しています。単にお金だけの問題ではなく、組織のネットワークをどのようにしてつくっていくか。例えば、県の医師会長は私の子どもの同級生のお父さんですが、同じ連合町内会で、実は大学の先輩でもあります。新型コロナの感染症対策では医師会の協力もあって、県内の9割がたのクリニックや病院で診断や検査が可能です。また、保健所の職員が感染経路など積極的疫学調査を行なっていますが、大都市よりも協力してくださる比率は高いと思います。
何よりも、住民一人ひとりが、自分たちでコミュニティを守らなければならないという意識を持っているからだと思います。都会ではその場限りのすれ違いかもしれませんが、ここでは一生続く関係ですから、これ以上感染が広がらないよう、お互いに思いやりながら行動しています。これはネットワークの持つ力だと思います。
発想の転換「スモール イズ パワフル」
― 行政は太い綱ですが、網の目としては粗い。細かなたくさんの綱を網の目状にしていくのは民間の力であり、地域のさまざまな人たちがうまく絡み合うことで、初めて本当のセーフティーネットになると思います。鳥取県ではそれが実践されているのですね。
平井 「命」は人間にとって最も大切なものですが、それを助けようという一点で本当にまとまれるかどうかでしょう。技術も蓄積もある日本ですから何でもできるはずですが、うまくかみ合わないことも多い。一人ひとりが参画するフィランソロピーの精神があれば、変わっていくと思います。
鳥取県では2000年に西部地震、2016年に中部地震が起きて大きな被害がありましたが、幸いなことに亡くなられた方はおられませんでした。西部地震では倒壊した家が多かったのですが、どこに誰が住んでいるかとか、あそこのおばあちゃんはあの部屋で寝ているはずだとか、そういう細かい情報を近所の住民が知っているから、すぐに助け出せた。中部地震は前震と本震の2度起こりましたが、前震の後、山に入ったおじいさんの行方がわからなくなりました。震源に近い地域で、消防団などが一生懸命探しましたが見つからない。日没で危険になったので、あす自衛隊に山狩りをお願いしようと対策本部で打ち合わせ、私は被害状況を確認するために夜遅くまで各市町村を回りました。朝の6時半ごろに、私の携帯電話が鳴りました。中部森林組合の組合長からで、見つかって救急車で運んだという連絡でした。夜明けとともに、村総出で山狩りをしたそうで、これがこの地域の常識なんです。
― やむに已まれぬ人の気持ちが命を救った。
平井 経済力が乏しくても、「命」は守れるし、幸せもつかむことができる。そのチャンスは、むしろ小さなところにこそあるのではないでしょうか。E.F.シューマッハーの『スモール イズ ビューティフル』ではないですが、「スモール イズ パワフル」―そんなふうに私たちは発想を切り替えてもいいのではないか。その発想で、もう一度県政を組み替えてみようと始めたわけです。
私の原点にあるのは、エイブラハム・リンカーン大統領がゲティスバーグ国立戦没者墓地で行なった演説の一節です。“Government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.”―「人民の、人民による、人民のための政治は、この地球からなくしてはならない」
ゲティスバーグは南北戦争の激戦地で、自分たちの民主主義を守るために戦っていた北軍は劣勢でしたが、この演説が反転攻勢のきっかけになりました。平和になり過ぎた日本ではわからないかもしれませんが、民主主義は命がけで守 らなければなりませんし、私たちが生涯をかけて育てていかなければならないものだと思います。
― 知事は「小さいからできる」けれども、「大きくてもできるはず」ともおっしゃっています。住民同士がつながりをしっかりつくっていけば、大都市でも可能だということでしょうか。
平井 必ずできると思います。コロナ対策にしても、鳥取県はベッドの数も多くありませんが、医療機関の協力でできるだけ備えています。ただ感染が本格的に広がってしまえば、あっという間に埋まってしまうかもしれません。医者の数も少ないですし、そもそも感染症の専門医は県内で5人しかいません。でも、県民の命はしっかりと守っています。私たちのポリシーは、「早めに火を消す」ということ。「早期検査」「早期入院」「早期治療」が鳥取方式です。
ただ、初期には大都市では検査の拡充に否定的でしたし、国の方針ともぶつかることがありました。しかし、最初の一人から始まるのは大都市でも鳥取でも同じですから、まずはウイルスがどこにいるかを突き止める。これが感染症と 闘う第一歩だと思います。現場主義は、民主主義のポイントのひとつだと思いますが、その場で起きていることに素直に対処する。必要なことはみんなで話し合ってさっさとやる。鳥取ではこれを実践できていると思っています。
小さな地域が実験場になって切り込んでいく
― 多くの自治体で、見習う、学ぶべき点がたくさんありますね。
 
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平井 企業もそういうマインドを持ってくれています。知事に就任して間もないころ、ある新聞社が、「新聞配達員は毎日中山間地域にも配達をしているので、お年寄りの見守りができます。費用は要りません。CSRとして見守り活動をやってもいいですよ」と提案してくださいました。まさにフィランソロピーです。そこで県と協定を結んでいただいて、異変があれば市町村役場に通報していただくことにしています。見守りだけではなくて、電柱が倒れかかっている場所なども見つけていただいています。日本で初めての「中山間集落見守り活動」(中山間集落見守り活動支援事業)です。
今は、運送会社や生活協同組合、理容師会なども協力してくれて、現在75社に広がりました。役場も職員が少なくて中山間地域の住宅を訪ねて回るのは難しいので、民間企業にそうした機能を補っていただいています。実際に新聞配達 員が異変に気付いて役場に通報したら、住民が家の中で動けなくなっていたということもありました。幸いにも一命はとりとめました。
― すごいです!まさにアウトリーチですね。「これは、行政の仕事」としてしまうと、そこで終わり。
平井 社会のいろいろなセクターの皆さんが、行政にお任せではなくて、一緒になって参画して、地域の課題解決に取り組む。県では「鳥取県民参画基本条例」を制定しましたが、都道府県で唯一常設型の、いつでも住民投票ができる制度を盛り込んだ条例です。議会は大反対でしたが、時間をかけて議論して条件付きで了解していただきました。今はインターネットの時代ですから、電子アンケートも利用して、重要な施策は住民の反響を見て決めています。
― 日本初や唯一がたくさんありますね。
平井 これも日本初ですが、危険ドラッグを包括的に取り締まるよう「鳥取県薬物の濫用の防止に関する条例」を改正しました。時の厚生労働大臣が「危険ドラッグについては成分分析を行ない、化学式をもって特定しなければ取り締まれない」と国会答弁したこともあって、条例を改正する際に「憲法違反ではないか」という声もありました。しかし県民にアンケートを行なったところ、90%以上の人が賛成してくださった。結果的に議会に提出した改正条例案は、満場一致で可決されました。
物事とはそういうものだと思います。小さなところが実験場になって切り込んでいく。私たちなりに話し合いはしますが、小さいほうが小回りは利きますから、世の中より先回りすることも可能かもしれない。そういう気概を持ってやっています。
 
鳥取県=「星取県」
― 平井知事は新しいアイデアを出しながらどんどん人を動かしていかれますね。副業兼業プロジェクトの「週1副社長」も面白い取り組みです。
平井 県が主催して「副業兼業プロジェクト―週1で地方企業の副社長になる」を企画しましたが、サミットに参加されたのは名だたる有名企業ばかりです。副業を認める会社も増えて、この5、6年でずいぶん変わったと思います、鳥取県では、経営戦略や販売促進の技術についての高度な知識が備わっていない会社もあります。雇用するとお金がかかるし、実際には募集してもなかなか来てくれない。しかし副業ならば、空き時間でお付き合いいただけるし、単価は安くても、良い人材が協力してくれる。評判が高まって、参加企業も増え、昨年は3,000人の応募がありました。副業は「福業」でもあり、関係人口を増やすきっかけにもなります。
― 企業にとっても、人材育成につながる側面があるのでしょうね。
平井 プロボノの有料版といったところでしょうか。中には報酬を受け取ることを禁止している企業もあるんです。そこで、「金はないけど蟹はある」(笑)ということで、ことしから鳥取県の特産品をお礼にしています。
正当性をもった社会参加で若者主体の活動を広げる
― 解決しようという気持ちがあるから、仲間になるし、愛情もわくし、親身になる。そういう人を増やすという意味でも好循環になりますね。
障がいのある人、お年寄り、外国人、子どもたち、それぞれに居場所と出番がある。そんな地域作りが必要だと考え、次の世代を担う子どもたちのために、社会貢献教育にも取り組んでいます。主体的・能動的にかかわることで、子どもたちはもっと地域に関心や愛情を持つのではないかと思っています。次世代教育については、どのようにお考えですか。
 
鳥取砂丘ボランティア除草
平井 やはり、正当性、オーソリティをもって参画してもらう機会を、子どもたちに与えなければなりませんね。社会脳は幼いころに発達しますが、異年齢の人たちとのコミュニケーションによって成長し、社会性が養われると言われています。鳥取県では、県政への参加意識を高めてもらうために、県議会の本会議場で「学生議会」を開催しており、そこで出た意見を取り入れて、政策につなげたこともあります。また、県の政策課題の解決策を検討する若者チーム(とっとり若者ミーティング)からの提案で、家庭版男女共同参画の取り組みも行ないました。家の冷蔵庫にボードを貼ってそこにお父さん、お母さん、子どもの役割を書いて、それぞれが理解して手伝えることはみんなで協力する。こうした取り組みに予算を付けて実行していく。これは正当性、オーソリティを持った社会参画です。それがないとなかなか成長しないと思います。
鳥取砂丘は砂ばかりですが、雨も降れば雪も降る。放っておくと草原化します。実は、平成に入ったころは、砂丘がどんどん草原化して問題になりました。これを防ぐために、ボランティアによる除草を観光客にもお願いしています。観光のかたわらに草を抜いて自然環境の保全に貢献していただく。早朝や夕方中心の活動ですが、子どもたちも含めてけっこうな人数が参加してくれます。みんなで守る、地球環境に対する貢献の仕方を学ぶ。小さなことでも、一つ一つやることで、地球が守られ、社会が成り立つということを体感してもらう機会になっていると思います。
― それが、令和新時代創造県民運動 につながっていくわけですね。
平井 「新時代『令和』を迎え、新たな住民参加型の県民運動として、新時代を担う若者が主体の活動を広げるとともに、多くの人びとの共感を得ながら取り組む活動を支援し、活力の創造を目指す」ものです。資金を募って、そこから活動への支援金をお支払いして応援することもしています。人びとが支え合う中で新しい文化が生まれるのが令和の時代。令和が目指す姿、新しい幸せのかたちを、鳥取でつくりたいと思っています。
― 小さいけれども、いろいろなものが詰まっていますね。胸につけていらっしゃるバッジ(右写真)は?
平井 コロナの患者さんや医療従事者を守ろう、差別をやめようと、地元のお母さんたちがつくられたもので、公民館活動として広めておられます。こうしたフィランソロピーの輪は全国に広がると思います。
― 全国知事会の会長でご多忙とは思いますが、「鳥取力」をぜひ「日本力」として広げていただきたいと思います。
平井 鳥取出身の尾崎放哉(おざき ほうさい)に「お祭り赤ん坊寝てゐる」という句があります。にぎわいの中、人々のコミュニティの中で、次代の子どもたちが育まれていく。放哉の句のような地域を目指していきたいですね。砂丘なだけに「さっきゅう」にやっていきたいと思います。砂丘からサンキューです(笑)。
― 打ち出の小づちのように、どんどん新しいアイデアが出て、手を打っていく。そして、「みんなでやろうや」と誘って、住民が参加していく。これが鳥取力ですね。どうもありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
 
(2022年6月16日 鳥取県庁にて)
機関誌『フィランソロピー』巻頭インタビュー/2022年8月号 おわり