Date of Issue:2022.8.1
◆ 特別インタビュー/2022年8月号
ほった・つとむ 1934年京都府生まれ。京都大学法学部卒業。1961年検事任官。在アメリカ合衆国日本大使館一等書記官を経て、1976年東京地検特捜部検事でロッキード事件等を担当。法務省大臣官房人事課長、甲府地検検事正、法務省大臣官房長を経て、1991年退職。同年弁護士登録、さわやか法律事務所・さわやか福祉推進センターを開設。1995年さわやか福祉財団を設立。
フィランソロピーの心をどう呼び起こすか
公益財団法人さわやか福祉財団会長
堀田 力 さん
困ったときには助け合い、信頼の絆を育み、温かいふれあいのある社会を目指して活動する、さわやか福祉財団。立ち上げたのは、ロッキード事件を担当し「カミソリ検事」の異名をとった堀田力さん。法務省を定年前に退職し、福祉の世界に転身しました。「未来を不安から希望に変えるためには、私たち一人ひとりが気軽に助け合う地域社会をつくること。」米寿を迎え、なお果敢に挑戦する堀田さんに話を聞きました。
福祉の世界に切り込んで30年、世の中はどう変わったか
― 堀田先生は東京地検の特捜部副部長をお務めでしたが、鬼検事が辞められてから、福祉の世界に入られました。世の中が変わってきたという体感はおありですか。
堀田 「新しいふれあい社会づくり」を目標に掲げて30年になります。経済社会の活力は落ちていますが、ボランティアや助け合いの世界は、着実に根を張ってきていると思います。
― それは一方で、社会がどんどん劣化してきているということでしょうか。
堀田 社会の活力がどんどん落ちていくということは、助け合いのニーズが高まるということでもあります。ニーズの高まりに追いついてはいないですが、もっと皆でがんばればなんとか追いつける可能性はあると思います。
― 可能性をかたちにしていくのは、これからでしょうか。以前、山手線沿線の駅で辻説法をされていましたね。
堀田 2010年6月に「名刺両面大作戦〜名刺から始まる社会参加〜」を始めました。サラリーマンの社会参加を広げる目的で、ビジネスで使っている名刺の裏に、自分のやっているボランティアや地域活動を刷りましょ
うというものです。山手線の各駅で出勤途中のサラリーマンに直接呼びかける「辻立ち」をやりました。
― あれには驚きました。正気の沙汰じゃない(笑)。でも、堀田先生だったらあり得るかと思いました。
堀田 ボランティア参加者数などについて一般の人、学生、サラリーマンなど、それぞれに目標値を決めていたのですが、サラリーマンだけがまったく目標に到達していませんでした。20年目を迎えるにあたって何とかしようと始めたのです。
山手線全29駅、一駅1週間ずつ回りましたが、やはりだめでしたね。ほんのわずかな人たちが名刺の裏に書いてくれるようにはなりましたが、とても一般的な手法には広がりませんでした。やはりサラリーマンは、名刺の裏に書けるような活動をする余裕がないんですよ。難攻不落でした(笑)。
山手線全29駅、一駅1週間ずつ回りましたが、やはりだめでしたね。ほんのわずかな人たちが名刺の裏に書いてくれるようにはなりましたが、とても一般的な手法には広がりませんでした。やはりサラリーマンは、名刺の裏に書けるような活動をする余裕がないんですよ。難攻不落でした(笑)。
― あれから11年経って、少しは変わりましたか?
堀田 若い人たちの中に、大都市集中から地方で暮らしたいという流れがあります。ただ、自分らしく生きたいというところまでは来たけれども、助け合いに結びついているわけではない。仲間に誘われたとか、今の仕事だけでは満たされないからやってみようかという感じでしょう。自分から飛び込んで助け合いをやる人は例外で、だからまだまだがんばりどころです。
― 昨今、SDGsに関心が高まり、これまで端に追いやられていた社会貢献ももう少しきちんとやろうという流れになってきました。でも、まだまだ企業都合で取り組みがちです。
堀田 これまでの日本のフィランソロピー活動は、アメリカと付き合うのに具合が悪いからやっておこうというように、基本的動機が外から来た感があります。しかし、SDGsの動きは本物ではないでしょうか。ビジネスだけでは解決できないし、皆が協力しないと達成できませんから。
― 久里浜少年院に入所している子どもたちに鉢植えの花を育ててもらって、子ども病院や児童養護施設にプレゼントするという活動をサポートしています(久里浜少年院ボランティア活動)。少年院にいる子どもたちは「ありがとう」と言われた経験がないそうで、そういう体験をさせてやりたいということで始めて、ことしで3年目になります。やり直しができる社会にするには、周りの応援が必要です。これも企業の応援で成り立っています。
堀田 素晴らしい活動ですね。少年院や刑務所に入った人たちはそこで矯正対応するわけですが、実は出所してからが大変です。先日刑法が改正され、「懲役刑」と「禁固刑」を廃止して「拘禁刑」に一本化されました。私は現役のときから、立ち直りを考えた処遇をしなければならないと言ってきました。日本はほかの先進国に比べて断然遅れていましたが、ようやく更生重視に動き出した。やっと福祉とつながるところまで来たなと思っています。まずは立ち直る気持ちを持ってもらわないと。外とのつながりが始まると、犯罪はぐっと減るでしょう。
住民の意識を変え、助け合いのエネルギーを生み出す
― さわやか福祉財団で、地域助け合い基金 をつくられましたが、どのようなものなのでしょうか。
(クリックすると拡大します)
堀田 地域の助け合い活動を広げるために、「制度から取り残されてしまった人たちにも」「必要な時に、必要な支援が届くように」、そして「地域のつながりが深まるように」、助成金額は15万円限りですが、迅速にきめ細かな支援を行なうための基金です。
まだ当財団が助成するかたちですが、だんだんと市町村の基金に移していきます。市町村の基金については、(1)住民運動、住民活動の支援のために使うこと、(2)基金は民間、住民からの寄付も原資とすること、(3)助成先については民間サイドで決めること、という3つの条件を設定しています。
行政のお金だと条件がつきますし、助成先の決定を行政が仕切ると、行政活動の補完にお金を出しがちになる。あくまでも純粋に、住民が主体になるということで、この条件がそろう基金を広めたいのです。自分のところの税金を使わなくていいし、住民が活動してくれるわけですから、市町村にとってはプラスだと思いますが、今の市町村には新しく始める馬力がない。まずは住民が主体的に動くことが求められます。
まだ当財団が助成するかたちですが、だんだんと市町村の基金に移していきます。市町村の基金については、(1)住民運動、住民活動の支援のために使うこと、(2)基金は民間、住民からの寄付も原資とすること、(3)助成先については民間サイドで決めること、という3つの条件を設定しています。
行政のお金だと条件がつきますし、助成先の決定を行政が仕切ると、行政活動の補完にお金を出しがちになる。あくまでも純粋に、住民が主体になるということで、この条件がそろう基金を広めたいのです。自分のところの税金を使わなくていいし、住民が活動してくれるわけですから、市町村にとってはプラスだと思いますが、今の市町村には新しく始める馬力がない。まずは住民が主体的に動くことが求められます。
― これこそ、民主主義の具現化ですね。
堀田 行政、企業、政治も活力を取り戻せない今、残っているのは住民のエネルギーぐらいでしょう。一挙には進まないと思いますが、住民たちがハッピーになったという声が届くようになれば、流れができると期待しています。
― 動き出すためには、住民と自治体の相互の信頼関係が必要ですね。
堀田 その通りです。全国を回って、生活支援コーディネーター・協議体を作って助け合いをしましょうと口説いているのですが、まだかなりの行政は偏見を持っていますね。住民の力をわかっていないし、住民を信じられない。しかし住民たちの活動を見ているうちに、わが住民は良い住民だったと目覚める。目覚めると楽しくなって、住民の活動に参加したり、話を聞いたり、応援したり、元気になるんですよ。でもそうなるころには担当替えになってしまう。
― 自治体の仕組みが「お上」のままで時代に乗り遅れているのですね。
堀田 地域づくりや福祉関係の住民の助け合いを引き出すような部署は限られているし、住民の理解を得るという特別の技術がいるので、目覚めた人材は替えずに出世させてくださいと言うのですが、全然その声は届きませんね。
2015年に厚生労働省が「新しい地域支援事業」のガイドラインを作成しました。ただ行政には評価が求められますが、助け合いは数字で目標を立てるものではないから評価が難しい。「みんなが元気でハッピーになる」、これが行政の最終目標ではないでしょうか。何とかこの制度を維持して、少しでも良い方向に向くように働きかけています。都道府県に生活支援コーディネーター・協議体という、助け合いをつくってくれる人たちがいますから、彼らを通して本物の助け合いを住民が理解すれば、動き出すでしょう。
2015年に厚生労働省が「新しい地域支援事業」のガイドラインを作成しました。ただ行政には評価が求められますが、助け合いは数字で目標を立てるものではないから評価が難しい。「みんなが元気でハッピーになる」、これが行政の最終目標ではないでしょうか。何とかこの制度を維持して、少しでも良い方向に向くように働きかけています。都道府県に生活支援コーディネーター・協議体という、助け合いをつくってくれる人たちがいますから、彼らを通して本物の助け合いを住民が理解すれば、動き出すでしょう。
― コーディネーターは住民の中から選ばれるのでしょうか。
堀田 一番多いのは社会福祉協議会の人たちですが、行政や民間NPOに在籍していた人もいます。さらにバックアップする行政の担当官がいて、なんとか動いているというところです。まだ緒についたばかりで、まだまだこれからです。
― 支援を受けた人の声が、一番説得力がありますね。基金を通してこんな支援をいただいた、それをみて自分も参加してみようかと思う。
堀田 住民の助け合いを引き出す働きかけをするのがコーディネーターです。あなたもハッピーだし周りもハッピーだからというのが王道の口説きですが、助け合いをやってくれるならスタート時の資金は準備しますよという後押しも必要です。
フィランソロピーの心をどう呼び起こすか
― JPAは企業の社員を対象に活動していますが、その中からも期待されているようなコーディネーター役ができる人も出てくるかもしれません。企業人材を地域につなぐのが、私たちの役割でもあります。
(クリックすると拡大します)
堀田 もともと人間は助け合う動物ですから、誰にでも潜在的な能力はあると思います。眠っている能力にどう働きかけるか。助け合い、フィランソロピーの心をどう呼び起こすかですね。
― ところで、「さわやか福祉財団」の名称ですが、最初から「さわやか」とつけようと思われたのでしょうか。
堀田 「さわやか」にするか「健やか」にするか、二つの選択肢がありました。「健やか」は体だけの感じがするから、心の分も含めて「さわやか」にしました。
― さわやか、生き生き、助け合い・・・そのイメージが鬼検事から出てくるとは誰も想像できなかったでしょうね(笑)。広げるには分かりやすさは必要ですね。
堀田 ずっと法務検察で仕事をしてきましたが、法務省は明治の民主主義導入でつくった役所であり、民主主義で決めた法律を実施する、言ってみれば民主主義の中核、権化みたいなところですよ。しかし複雑で多様化する社会では、公平平等、一律にきちんと扱うというのは無理ですし、従来の民主主義の仕組みでは、人びとを幸せにできないことがたくさんある。私の転身は、言ってみれば法律によるサービスより、法律が扱わないフィランソロピーのほうが大事だというメッセージになったんだと思います。後からこじつければね(笑)。
行政主導型民主主義が、これまで以上に細かくやれるようになることはあり得ませんし、どんどん増えていくニーズに応じることもあり得ません。その部分はフィランソロピーでやるしかないし、やらなければならないことはこれから も増えていく。企業であれば、どんどんニーズが増えることはありがたいことですけれども、フィランソロピーの世界はそんなに増えては、追いつけませんけれどね(笑)。
行政主導型民主主義が、これまで以上に細かくやれるようになることはあり得ませんし、どんどん増えていくニーズに応じることもあり得ません。その部分はフィランソロピーでやるしかないし、やらなければならないことはこれから も増えていく。企業であれば、どんどんニーズが増えることはありがたいことですけれども、フィランソロピーの世界はそんなに増えては、追いつけませんけれどね(笑)。
― 堀田先生の背中を追いかけて、フィランソロピー道を邁進します。ありがとうございました。
【インタビュアー】
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
(2022年6月15日 さわやか法律事務所にて)
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 髙橋陽子
機関誌『フィランソロピー』特別インタビュー/2022年8月号 おわり