◆巻頭対談No.359/2013年12月号
紙+電波+インターネット ~3つのメディアが混在する社会がつくる現地点と未来の姿~
小川 一 (おがわ・はじめ) 氏
毎日新聞社執行役員 東京本社編集編成局長
<プロフィール>
1981年、毎日新聞社に入社し社会部に18年間在籍。社会部長を経て、現在は毎日新聞社執行役員。東京本社編集編成局長。ソーシャルメディアとマスメディアの協働を追求。ツイッターアカウントは@pinpinkiri
津田 大介 (つだ・だいすけ) 氏
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト
<プロフィール>
1973年東京都生まれ。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践中。
日本に現存する最古の日刊紙で
ある毎日新聞。その執行役員とい
う、老舗紙メディアのど真ん中で
日々、ツイッターを投稿し続けてい
る小川一さん。ソーシャルメディア
の寵児として知られ、社会の新たな
可能性を追求し続けているジャー
ナリストの津田大介さん。2つの
異なる立場から見えてくるマスメ
ディアとソーシャルメディアの関
係性、そして今後の日本社会の姿を
刺激的に語ってもらった。
ソーシャルメディアの功罪
― 小川さんは取材現場などでツ
イッターを書かれるので、臨場感が
ありますね。
小川/そうですね。たとえば小泉元首相の脱原発の記者会見場で私が
つぶやくと、あっというまに
50
くら
いリツイートされている。小泉さん
のひと言をみんなが注視している
し、一緒に熱くなっているという実
感があります。
津田/ちょうど去年の頭くらいか
ら、朝日新聞が記者個人によるツ
イッターを解禁しました。これまで
新聞はデスクやキャップが記事を
チェックして公表するという文化
があった中で大きな変化です。他社
の事例ではありますが、小川さんは
どのようにお感じですか?
小川/毎日新聞の場合は記者一人
ひとりが、自分たちの判断でやる
というかたちですが、朝日は一括
して上から下までどんとチームで
やっていこうとしていて、それは
さすがですね。今までの新聞社は、
人と人をつなぐとき、自分がハブの
真ん中に存在していると思ってい
たんです。しかしその発想は全然通
用しない。リムの中の1つに入れて
もらうことで、初めて見えてくるこ
とがある。それを新聞が気づき始め
たのだと思います。
津田/かつてマスメディアは有識
者の連絡先を独占していたんです。
10
年くらい前までは、作家の連絡先
は全部出版社が持っていました。僕
自身も単行本を出したら、出版社経
由で仕事が来るような感じだった
んです。またテレビ局や新聞は「こ
の問題が起こったら、この大学の
この先生に聞け」とか「この犯罪
ならこの弁護士に聞け」という情
報があって、それが共有されてい
た。これがツイッターの時代になっ
て、専門家が直接ソーシャルメディ
アにくると、一般市民が「あ、こ
んな専門家がいるんだ」と知って、
日常的にやりとりができて、取材な
どの依頼までできてしまう。実はこ
ういうところが崩れたのが大きい
と思うんです。
― ツイッターは匿名メディアでも
あります。その問題はありますか?
小川/匿名でもいいと思います。心
の中で奥深く、こっそり匿名でつぶ
やきたいこともあれば、堂々と名
前を出して言いたいこともあって。
いろんなレイヤーに分かれている
情報がさまざに組み合わさって、そ
の集大成として出てくれば。
津田/匿名=悪という単純な話で
はないんですね。ツイッターの場
合、面白いのは、その人の評価、情
報発信能力、社会的影響力がフォロ
ワーとして数値化されます。たとえ
ば匿名で責任を負わないような発
言だけをくり返している人がいて
も、あまりフォロワーは増えない。
その反面、社会から見ると問題視さ
れるような意見でも、一定人数が集
まれば、その人たちは自分たちが
マジョリティーだという錯覚を起
こしやすい。ネットではエコーチャ
ンバー( 共鳴室) と言われています
が、狭い部屋の中でひたすら同じ
声が反響して、一定の思考回路を強
化してしまうのですね。それが現
実社会の行動にも繋がり、新大久
保でおきているヘイトスピーチの
問題などを助長している。しかし、
かたや脱原発、再稼働反対のデモ
を
20
万人集めるということをソー
シャルメディアはしています。こ
れは両面が存在するので、ソーシャ
ルメディアの功罪というより、もは
やどちらが功で、どちらが罪か言い
にくいです。
― そういう時代だからこそ、人々の
発想をたこツボ化させず、なにかし
ら風穴を開けることが必要なので
しょうね。
津田/ソーシャルメディアの時代に
求められてくるのは、公共性、公益
性とはなにかということです。最初
は個人の考え方だったのが、ある程
度似た考え方の人が集まったり、行
動しやすくなったとき、小さなグ
ループがたくさん世の中にできる。
そのとき、小さなグループを串刺し
して、大きな場でオープンに議論し
ましょう、みたいな役割を誰が果た
すのか。そこは結局マスメディアし
かないんだと思うんです。
小川/そう言っていただけると嬉し
いです。また今の時代でも、やはり
マスメディアの力は大きいなと思う
ことはありますね。たとえば復興予
算の流用問題にしても週刊誌やフ
リーのジャーナリストがテレビや新
聞に先駆けて報道をしていました。
しかし結局、NHKスペシャルがオ
ンエアされれば、世の中がドッと動
くわけです。ソーシャルメディアの
広がりとミックスし、ハイブリッド
になったとき既存メディアはものす
ごくパワーを持つので、そういう役
割分担ができればいいなと思いま
す。
メディアとの
新しい付き合い方
― とはいえ既存メディアはネットの
ことがわからなくて、どうつきあっ
ていいのか戸惑う部分もあります
ね。
津田/テレビも相当ネットを毛嫌い
して対立関係にありましたが、震災
などを経て、ここ2年くらいは融合
が進んでいるように思います。新聞
の現場でも変化はありますか?
小川/変わってきていますね。と
にかく若い記者は子どものころか
らのユーザーですから、親和性が
あります。また東日本大震災のと
きに〝Pray for Japan〟の呼びか
けで、世界から日本を励ますツイッ
ターが集まったとき、涙なくして
読めなかった。それでネットという
ものの価値観が変わったというか。
みんなのいい感性が集まってくる素
晴らしい場ではないかと思って、私
もツイッターを始めたんです。
津田/今の小川さんの話はすごく示
唆的です。実は日本人が当たり前に
ソーシャルメディアを使い始めたの
はここ3年くらいのことなんです。
最初にソーシャルメディアが注目さ
れたのは2010年1月1日に当時
の鳩山首相が首相としての立場でツ
イッターをやりますと言った。当
時、マスコミはツイッターを「簡易
ブログサービス」とか「ミニブロ
グ」とか言っていたのを、ツイッ
ターという固有名詞で表現し、説明
をなくしてしまった。その変わり目
が2010年です。当時のツイッ
ター・ユーザーは日本で300万人
くらい。
40
人にひとりなので、相当
に新しもの好きとか、変わり者が
使っていたサービスだったものが、
今は1,500万人から2,000万人
くらいがツイッターで何らかの情報
に触れているので、3年間で6〜7
倍に増えた。ツイッターが日常的な
情報インフラに変わったという違い
は大きいです。
小川/メディアの現場でも変化は大
きいです。今年2月にグアム島でハ
ネムーンに来ていた日本人観光客に
車が突っ込んだ大変な事件、そして
エジプトのルクソールで熱気球が割
れた事件がありました。あのときは
ツイッターの写真が毎日新聞で一面
トップだったんです。今まではそう
いうことをどこかで逡巡していま
したが、現場の鮮明なカラー写真で
すから、文句なく一面トップにし
た。そのときから記者の雰囲気も変
わってきています。また共同通信さ
んなんかもチームを作って
24
時間、
ネットをチェックしているんです。
すると110番より早く事件がわ
かる。昔は警察がまず現場に到着、
それから記者発表があり、報道する
という手順でしたが、今は警察官
が現場に着く前にもう現場写真が
アップされている。これを無視して
報道はもうできないです。そういう
意味でもソーシャルメディアの評
価は劇的に変わっています。
― 津田さんは
27
万人ものフォロ
ワーがいますから、有力地方紙くら
いの影響力をソーシャルメディア
の中にお持ちですね。プレッシャー
はありませんか。
津田/皆さんからの反響があるの
は嬉しいです。また僕の場合、自分
で有料のメルマガをスタートして、
毎月630円を払ってくれる読者
が8,000人くらいいるんです。そ
れで編集スタッフを雇ったり、取材
にいく費用を稼げるので。いままで
ネットで書いていても、なかなかお
金にすることができなくて難しい
と思っていたんですが、ジャーナリ
ズムみたいな方向でも、きちんとお
金にできる環境ができたというの
が新しいポジティブな変化ですね。
― 個人の立場で独立メディアを作
るというのは大変なことですね。
津田/新聞社などを辞めてフリー
になった人も基本的にテレビなり
週刊誌なり、既存のメディアから仕
事を得ないと収入にならないのが
当たり前でしたから。しかし直接、
市民からお金を得て、自分たちで独
立してメディアをやるという選択
がようやく現実的にできるように
なってきたので、これはよかったな
と思います。
これからの新旧メディアが
できること
― ツイッターもフェイスブックも
やってみると非常に慌ただしいで
すね。また、みんなが常に依存的に
なって。あれはマイナス面ではない
でしょうか。
小川/私の場合、やる時間はほぼ決
めています。朝起きて1、2時間と
会社の昼休み。そして夜、飲んだら
決して触らない。なにをつぶやく
かわからないから (笑)。また私は
ツイッターというメディアはスルー
(無視) しても礼を失することでは
ないので、無理にリプライなどを
しなくてもいいと周囲には言って
います。自分の時間の中でやらな
きゃ。
津田/それはすばらしく、ちゃん
とソーシャルメディアをわかって
らっしゃる方の振る舞いだと思い
ますね。もともとソーシャルメディ
アは依存的になって、コミュニケー
ションのペースをすごく乱すもの
なんです。自分でルールを決めて、
その枠の中で使わないと、どんどん
際限がなくなるので。
― 自分をコントロールできる大人
のためのツールかもしれませんね。
津田/具体的アドバイスを求めら
れたときなど、僕は「スマートフォ
ンの通知機能を必ず切りなさい」と
言ってます。メッセージなどの緊急
性が高いものは通知してもいいけ
ど、「いいね」が1個ついたとか、
細かいコメントがついたくらいの
内容でいちいちポップアップで通
知がきて、それを見に行くとキリ
がないし、それがないと不安になっ
てしまう。ですから通知機能はオフ
にして、「この時間はフェイスブッ
クを見にいく」などのタイミングで
全部チェックするようにしなさい
ということをアドバイスしていま
す。
小川/紙の時間軸と電波の時間軸
と電子の時間軸を3つ、うまく切
り分けながら、コントロールする
のが大事かなと思います。私も電
車の中では本を読むことが多いで
すし、テレビは録画でなく、オン
エアで見ます。
津田/僕もこういう仕事をしている
と、ツイッターばかり見ているよう
に思われるんですが、実際の情報収
集は、ネットは3割。あとの3割は
書籍、新聞などの紙媒体で、残り4
割は人とあって、話をする。もちろ
ん人によって割合はそ
れぞれでいいと思いま
すが、3つくらいの媒
体からインプットをま
んべんなくやっておく
ことが、今の時代には
多分大事だろうなと思
います。やはりネット
の速さ、繋がりの可能
性はマスメディアにで
きないことですが、ネッ
トに出て表面化してい
る情報は世の中のほん
の少しでしかないとい
うことはわかっていま
したから。
― 発信する側に立った
とき、自分なりのルールはありますか?
津田/「迷ったら必ず書く」と決め
ています。迷ってやめるということ
をやったら、全部の発言をやめな
きゃいけなくなると一時期思ったの
で、書くようにしています。迷った
という時点で書きたいことなんだろ
うなと思って。
小川/私は日常的に人を批判する仕
事なので、自分のつぶやきでは、基
本的に個人の批判はしません。もち
ろん中傷はしません。日常的にも罪
を重ねているので( 笑)、プライベー
トでは罪を重ねたくない。できるだ
け人の励ましになるようなことを書
くようにしています。その点、ソー
シャルメディアでアメリカにやられ
たなと思うのは「いいね」と「リツ
イート」ですね。今までは批判しか
なかったネットの世界に、称賛とい
うカテゴリーをつくり劇的に変え
た。私も「いいね」の気分でつぶや
こうという風に思っています。
津田/ソーシャルメディアは、同じ
「メディア」という名称を使うので
マスメディアと敷ふ 衍えんして考えるとい
うか、情報を入手する手段として考
えがちですね。しかしソーシャルメ
ディアはメールや携帯電話のような
コミュニケーション機能が混然一体
となっているツールだということを
理解して、その特性をわかった上で
使う必要があるし、発信する側もそ
こを意識しないと炎上を起こす。意
外とみんなはそこに気がついていな
いなというのはあります。
小川/私も過去3回ほど炎上してい
て、最新はこの2月、アルジェリア
の人質事件で、被害者の名前を実名
で報じるべきだといったら、ものす
ごく炎上した。でもその時と、過去
の2回の炎上でちがったのは、がん
ばってくださいというダイレクト
メッセージが届くんです。また公然
と「小川さんの言っていることは正
しい」と言ってくれる人がいる。こ
ういうのは過去には全然なくて、炎
上したら燃えっぱなしでしたが、今
は消火に来てくれる人がいたという
変化は大きいですね。
津田/ツイッターを読んだ人にどう
伝わるのかという想像力がより求め
られるのでしょうね。いままでなら
取材のノウハウがあって、その文法
があったわけでしょうけど、ソー
シャルメディアにはそれがなくて。
どちらかというとキャラがすごく大
事です。暴言をどれだけ吐いても許
されるキャラを確立すると「またあ
いつか」みたいな感じで諦められる
みたいなところがあって。
― 津田さんも炎上しますか?
津田/僕は日常的に叩かれたり、炎
上もするんですが、その原因になっ
た発言を見ると、すごく普通のこと
だったりします。原発に関して言え
ば「脱原発をすべきだと思うけど、
すぐには無理なのでバランスとって
やっていくしかない」など、真ん中
を取る発言すると、両方から叩かれ
るみたいな。また外形的事実だけで
炎上していくというか、簡単に白黒
のラベリングして、内容をよく読ん
でくれません。
小川/でも津田さんの場合、
27
万人
が支えているので基本的に炎上はし
ていないと思いますよ。炎上させる
方もそれだけの人に支持される人に
悪いことは言えないです。人々のつ
ながりが累積することで、抑止力が
ものすごく強くなっていくのではな
いかと思います。く
― 新旧メディアの立場を踏まえて、
それぞれに期待することはなんで
しょう。
小川/津田さんのように革新的に人
と人を繋いで、マネタイズしていく
という行動はマスメディアもできて
いません。ネットの中の志とか夢と
か希望がお金になって、それがさら
に夢や希望になる。我々の様なマス
メディアとちがって、それをたった
ひとりでやられているというのに敬
意を表したいし、今後も大成功をす
ることを祈っています。
津田/小川さんのような人が既存の
メディアにいて、どんどん出世され
ているというのが希望だと思いま
す。今後、若手の記者で、いろんな
面白いことをやったり跳ねっ返りみ
たいな行動が出たときに守って欲し
いと思います。また僕らより下の世
代で、ネットを使った面白いメディ
アの動きが出てきたとき、連携でき
るところは連携して、どんどん進ん
でいって欲しいですね。今後はマス
メディアとネットが混然一体となっ
て、融和していくフェーズになって
いくと思います。そういう意味でも
ここから
10
年がすごく大事だなと思
います。
― その通りですね。。これは、民主
主義の成熟へのレッスンだと思いま
す。ぶつかり合いながら、少数意見
も尊重されながら、合意も相違も明
確にしていく。両者の融合から、新
たな価値観が確かな形でつくられて
いくプロセスが楽しみです。ありが
とうございました。
インタビュー
公益社団法人日本フィランソロピー協会
理事長 高橋陽子