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第235回定例セミナー報告


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第235回定例セミナー【報告】

テーマ:
「企業が担う公益とは 〜新たな社会づくりの方向性を考える〜」
講 師: 浅野 史郎 氏
(社団法人日本フィランソロピー協会 会長/慶応義塾大学 総合政策学部 教授)
実施日: 2009年1月29日(木)
会 場: 伊藤忠商事株式会社
当協会会員の方には、定例セミナー講義録(完全版)を差し上げております。
ご希望の方は、事務局までお問い合わせください。
● 大変な今こそ、CSRを仕込む
 今日は「企業が担う公益とは」というテーマで、CSRやコンプライアンスについてお話ししたいと思います。まず現在の経済状況ですが、日本も世界も大変な危機にある。言ってみると・倒れている状態_なんですね。全治三年か、五年かわかりませんが、確かなことは、転びっぱなしということはない。いつかは立直る。そして、転んで立ち直るときに、手に何を持って起き上がるか、ということが凄く大切です。 例えばアメリカ。国を支えていた自動車産業が駄目になった。しかし今後経済が立ち直ったとしても、また昔のやり方に戻るとは誰も考えていません。だからこそいま、「環境」や「福祉」、「農業」、「新型エネルギー」などの新産業に注目が集まっている。今はちょっとしか芽が出ていないような新しい形の産業を携えて、アメリカは立ち上がってくると思います。 そのとき日本はどうなのか。日本は何を持って立ち上がるのか。もし倒れてただ立ち上がっただけだとすると、他の国は新しい何かを手に持って遥か先を全力で走っていますから、その後を追いかけても間に合いません。つまり、皆が共倒れになっている今は、次の新しい産業を仕込むための大事な時期なんです。 皆さんの会社には核となる事業があるでしょうが、それだけではいけないし、ちょっと改善しただけでも駄目かもしれない。それはCSRについても言えます。この大変な時期であってもCSRをきちんとやっていた会社が、立ち直る時にドドッと走っていけるのではないか。

● 「あってはならないこと」の呪縛
 少し「コンプライアンス」ということをお話ししましょう。コンプライアンスを日本語では法令遵守と思うかもしれませんが、これは違います。法律を守っていれば遵守=コンプライアンスが果たされると考える人が多いのですが、実はコンプライアンスの方が概念として大きいものです。ライブドアのケースのように、法令には違反していないが企業倫理の観点からは大いに問題がある、ということがありす。ここをきちんと理解していないと、・法令だけを守っていればいい_という落とし穴に入ってしまう。  どの会社もリスク・マネージメントは必ずやっています。ところが、どんなにきっちり管理していても、リスクというものは・発現する_と思っていないといけません。そこで今度はクライシス・マネージメントが重要になります。リスク発覚後の危機対応ですよね。これはだいたい記者会見ですが、皆さんここで失敗するんです。タイミングが遅い、情報が小出し、うそを言う、責任逃れをする、などです。  クライシス・マネージメントを失敗する原因の一つが、「あってはならないこと」という思い込みです。「あってはならないことが起きてしまった」という感覚でいるから、「無いことにしてしまおう」ということが頭に浮かぶ。「あってはならないこと」は「ある」んです。これは「無謬性の呪縛」と言います。 不祥事というのは、たとえて言えば「匂い」なんです。匂いというものは、近くにいないとわかりません。 不祥事も同じです。不祥事の近くにいた人だけに匂いがする。しかし悪臭も慣れてしまうと悪臭と思えなくなってくる。そして防ごうとして押さえても匂いは指の間から漏れてくる。「匂いは元から絶たなきゃ駄目」なんです。また、匂いを察知したときに手で覆うのは忠誠心の強い社員なんですね。早く抑えないと会社が大変だと。手を動かした社員は、愛する会社のため、忠誠心のためにもみ消そうとして被害を拡大させてしまう。これは二次災害です。  このようなクライシスから組織を救うのは、情報公開です。「カウンター越しの鮨屋」と思えばわかりやすいかもしれません。皆さん、「広報」と「情報公開」を混同していませんか。広報とは、元々きれいなもの、または見せたいものをより美しく見せる。情報公開とは、素っ裸です。恥部も全て見せるから、恥部が恥部にならないように、きれいにしておこうという思いが働く。どんなときでも表に出る可能性があることを、組織の構成員が上から下まで知っていることが大事です。それが、いい加減なことをしてはいけないという意識につながります。  『センス・オブ・ワンダー』というのは、イギリスのレイチェル・カーソンという環境学者の本のタイトルです。「森に入ってみよう。森に入ったらこんなところに花があるのか、といった驚きがある」と、それを感じるセンスのことを言います。たとえば、大阪府の橋下知事や宮崎県の東国原知事は、就任一年目には驚くことがいっぱいあったと思います。僕も同じでした。それが二年目になると、驚きがだいぶ少なくなる。だけど大事なことは、この驚く感覚を無くしちゃいけない。センス・オブ・ワンダーは、組織に改革を与える力を持っています。

● CSRは誰のため?
 最後にステークホルダーの話をします。企業は何故CSRに取り組むのでしょう。企業イメージがアップして商品が売れるから? それは確かにあります。でもそれだけですか? 実はCSRは、企業を取り巻くステークホルダーに非常に大きな影響を及ぼしています。そのひとつが社員です。たとえばヤマト運輸ではメール便の配達員として、約千人の障がい者を雇っています。六割が精神障がい者、二〜三割が知的障がい者、一割が身体障がい者です。彼らは、健常者と同じ待遇で同じ制服を着て働いていますが、その制服に非常に誇りを持っていると言う。それを聞いた一般の社員が、それまで何も感じていなかった制服に会社のCSRに対する姿勢を感じて、自分達も誇りを持つようになったそうです。これは絶対に生産性にもつながると思います。 顧客を巻き込んだ例を挙げてみましょう。日本一汚い川と言われた大和川を何とかきれいにしようと、大和信用金庫が「大和川定期預金」を売り出した。川に魚が住める環境になれば、金利に上乗せするという商品です。これになんと五十億円が集まった。翌年は八十億円。そして、預金を預けた人たちが川の浄化に関心を持つようになり、生活排水が主な汚染の原因だった川は、見違えるほどきれいになった。ステークホルダーである顧客と一緒にCSRを推進するという面白い図式です。CSRの推進が、顧客の教育につながり、それがまた企業にフィードバックされて、正の連鎖になっていく。 政治の質は国民の質と云われますが、これはCSRとステークホルダーにも言えます。お互いに高めあう関係です。ステークホルダーの質が、その企業のCSRの質を決定づける関数になっている。ステークホルダーとの本当の意味でのコミュニケーションをきちっとすることがCSRのレベルを上げていくことになる。もしこれが現在の幹部の方針だけなら、トップが変わるとガラっと変わってしまう。それではあまりにもはかない。その企業がステークホルダーとの関係をきちんと築いていれば、継続的にCSRが繁栄することにつながりま す。有力な企業各社がCSRを通じて社会に貢献することにより、我々皆が幸せになり、会社も儲かる。そして皆に褒められて、さきほど例に挙げたヤマト運輸や大和信用金庫のように日本フィランソロピー協会の「企業フィランソロピー大賞」がもらえる……というオチで、今日の私の話を終えたいと思います。